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ヘリウム3(3He)について

どんなもの? どうやって手に入れるの?
  ヘリウム4(4He)の同位体で原子核の中性子が1つ少ない原子がヘリウム3(3He)です(陽子2個、中性子1個)。安定同位体ですから放射線は出しません。ヘリウム4と化学的な性質(そして原子間の引力)は同じですが、質量が3/4と軽いため、より大きな量子効果があらわれます。例えば、1気圧下の沸点はヘリウム4よりさらに低く3.2 K(ケルビン)で、固化するにはより高い34気圧の圧力を要します(ヘリウム4は4.2 Kと25気圧)。
  地中から産するヘリウム4と違って、ヘリウム3は人工的に作られます(ヘリウム3の自然存在比はわずか0.0001%程度しかない)。まずリチウム6(6Li)に中性子を照射して三重水素(3H)を作り、それが約12年の半減期でベータ崩壊(電子を放出)してヘリウム3を得ます。ですから、液体ヘリウム3の研究は、液化できるほどの量が作られるようになった1950年以降に始まりました(液化の成功は1949年)。

helium4_1.jpg

図1:ヘリウム4(3He)原子。

何が面白いの?
 ヘリウム4が複合ボース粒子としてボース─アインシュタイン統計に従うのに対し、ヘリウム3は複合フェルミ粒子としてフェルミ─ディラック統計に従うので、両者の差は低温になるほど顕著になります。液体ヘリウム4は2.2 K以下で超流動転移を起こすのに対し、液体ヘリウム3はその温度域では転移は起こさず、それより3桁も低温の3 mK(mKは千分の1ケルビン)で超流動になることが1972年に発見されました。超流動ヘリウム3は性質の異なる3種類の超流動相をもつなど、多彩な性質をもち(専門用語で、内部自由度をもつとか異方的BSC状態とかいいます)、その理論はその後発見された高温超伝導や重い電子系超伝導体の秩序変数を議論するときの欠くことのできない基礎を与えました。

何に役立つの?
 ヘリウム3は、その特殊な製法のためヘリウム4より3万倍も高価なので、基本的に研究用途にしか使われません。しかし、他の元素では置き換えることのできない特異で有用な性質をもちます。まず、液体ヘリウム3の蒸気圧を真空ポンプで減じると、強制的に液体の蒸発が起こるので潜熱が奪われて300 mK(ミリケルビン)までの極低温を作り出すことができます。こうした冷却装置をヘリウム3クライオスタットとよびます。希釈冷凍機はさらに低い10 mKまでの温度を連続的に作り出すことができますが、そこでもヘリウム3は欠かせない役割を果たしています。液体ヘリウム4にヘリウム3を混ぜてゆくと絶対零度でも7%まで溶け込みますが(希薄相)、それ以上混入させようとすると純粋な液体ヘリウム3(濃厚相)として相分離してしまい、希薄相の上に浮かびます。

helium4_2.jpg

図2:ヘリウム3(3He)とヘリウム4(4He)の混合液体の相図。横軸はヘリウム3濃度で、左端が純粋ヘリウム4、右端が純粋ヘリウム3に対応する。図中A点(濃度30%、温度1 K)では、ヘリウム3とヘリウム4が一様に混じり合った液体であるが、そこから冷却してゆくとB点以下で希薄相と濃厚相に相分離する。

この状態で、希薄相のヘリウム3濃度を何らかの方法で減じることができれば、濃厚相から希薄相に向かってヘリウム3が移動します。これは液相から気相への"蒸発"と同じ現象で、潜熱が奪われて冷却効果が得られます。しかも、蒸気圧にあたるヘリウム3溶解度は絶対零度でもゼロにならないのでmK温度域でも大きな冷却力が得られます。希釈冷凍機は、物性物理学や物質科学だけでなく、重力波やダークマターなど超高感度を要する検出器でも活躍しています。
 ヘリウム3は中性子を吸収して三重水素と陽子に核分裂する確率が非常に高い(吸収断面積が大きい)ので、もっとも高感度の中性子検出器として原子炉で広く用いられています。さらに、ヘリウム3は中性子と同じく核スピン1/2をもち、その吸収断面積は両者の核スピンの相対角度に強く依存するので、スピン方向のそろった偏極中性子線を作ったり、中性子散乱実験で磁性試料から散乱された中性子のスピン解析を行う際にも威力を発揮します。  この他、肺や食道など呼吸器系を磁気共鳴イメージング(MRI)で診断するときの理想的なトレーサーガスとしてヘリウム3ガスを使った医療機器(超偏極ヘリウム3-MRIとよばれる)が実用化の段階にきています。ヘリウム3は核スピンをもち強い信号強度を長時間保つことができる、拡散性が高く細部のイメージングに適している、人体に無害、など多くの利点があるからです。

ヘリウム3の需給バランス
 このように研究上、非常に重要なヘリウム3ですが、2001年の同時多発テロ事件以降、米国内の需要が一挙に増えました。米政府が核物質の密輸を水際で阻止する目的で、各空港にヘリウム3を使った中性子検出器を大量に配備し始めたためです。また、米国内に大量のヘリウム3を必要とする新たな中性子散乱実験施設の建設も計画されています。その一方で、ヘリウム3は水素爆弾の原材料である三重水素を作る際の副産物として生産・貯蔵されてきたという経緯から、米ロの核軍縮が進んだことでその生産量は減ってきています(もちろん、核軍縮自身はとても良いことですが)。こうして2008年を境に受給バランスが大きく崩れ、ヘリウム3不足と価格高騰という深刻な問題が起きました。ことは国家安全保障に係わりますから、米国議会・政府もこの問題を重要視し、ヘリウム3を使わない中性子検出器の開発を急ぐとともに、代替品のないヘリウム3特有の性質を使う用途(私たちのような研究目的など)には備蓄ガスを優先的に割り当てることなどを決定しました。このように入手は可能ですが、価格は2008年以前と比べて10倍近く値上がりしたままなので、私たち研究者は実験装置内のヘリウム3を逃がさぬよう、細心の注意を払って研究しています。

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