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ジグザグ端をもつグラフェン六角ナノピット

原著論文1
“Hexagonal Nanopits with the Zigzag Edge State on Graphite Surfaces Synthesized by Hydrogen-Plasma Etching”, T. Matsui, H. Sato, K. Kita, A. E. B. Amend, and Hiroshi Fukuyama, Journal of Physical Chemistry 123, 22665 (2019).

原著論文2
“STS Studies of Zigzag Graphene Edges Produced by Hydrogen-plasma Etching”, A. E. B. Amend, T. Matsui, H. Sato, and Hiroshi Fukuyama, e-Journal of Surface Science and Nanotechnology 16, 72 (2018).

解説:
 グラフェンにはジグザグ端とアームチェア端の2種類の直線的な端構造があり、前者は端のわずか2ナノメートル(nm: 1 nmは1 mmの百万分の一)以内に局在した “ジグザグ端状態”(あるは単に“端状態“)という特別な電子状態をもちます。これは私達が2005年に初めて実験的に見つけました。
 ジグザグ端状態は局在性が高いので、電子間のわずかな相互作用のもとでも状態が大きく変わり、具体的には電子スピンの向きが揃う(スピン偏極する)と理論的に考えられています。とくに両端が平行なジグザグ端で挟まれた幅数十nm以下のごく狭いナノリボン(これをジグザグ・グラフェン・ナノリボン(zGNR)という)の場合、同じ端内ではスピン偏極し(強磁性的)、対向する端間ではそれとは逆向きに偏極すると予測されています(リボン全体で見れば反強磁性的な配列)。非磁性の炭素原子だけからなる物質が磁性をもつというは基礎学問としても興味いし、電荷だけでなくスピンの自由度も利用する将来のスピントロニクス・デバイスへの応用も期待されます。
 2005年の私達の実験では、走査トンネル顕微鏡(STM)を使って、グラファイト(グラフェンの多層結晶)の最表面で、ジグザグ端方向を向いた単原子ステップを探して走査トンネル分光測定しました。それ以後、世界中で、いろいろな人工的手法を使ってより良質なジグザグ端そしてそれを両端にもつzGNRを作ってスピン分極を実現する試みがなされました。その中にはいくつか注目すべき実験もあるのですが、多くの研究者を納得させるような明快な実験は未だほとんどありません。
 私達は、グラファイトやグラフェンを高温下で水素プラズマに曝すと、表面に単原子層深さで大きさが数十〜数百nmの六角ナノピットが多数生成される手法に着目しました。もしピットの端が良質なジグザグ端なら、2つの六角ナノピットに挟まれた領域に多数のzGNRが作れると考えたからです。そこでまず、エッチング条件(反応温度、水素圧力、プラズマ暴露時間、プラズマの量)を細かく変えて、生成されるナノピットの形状、大きさ、密度を系統的に調べました。例えば、図1は反応温度を200℃から700℃まで変えたときのグラファイト表面のSTS像です。400℃から500℃に変わるとナノピットの形状が不定形からきれいな六角形に劇的に変化することが分かります。水素圧力依存性にも似たような変化が先行研究で報告されており、これら2つの結果を合わせて考えると、反応中、試料がプラズマが淡い赤紫色に光るグロー領域の中にあったか外だったかが重要だということが分かりました。水素イオンが優勢になる前者では表面欠陥が多数できてナノピットは不定形になり、中性水原子が優勢な後者では選択的にジグザグ端を残す異方的エッチングが進むと考えられます。

図1

図1:(a)-(f) 200℃から700℃まで反応温度を変えて水素プラズマエッチングしたときのグラファイト表面のSTM像。(g) 表面に露出した第n層の面積Snと、(h) エッチングで作られたナノピットの最大径Dmaxの反応温度依存性。S1は450〜500℃で極小となる連続的な変化をするのに対し、Dmaxは450〜500℃を境に不連続的に増加し、ナノピットの形状も不定形から六角形に急変する。原著論文2より一部変更の上転載。

 こうして作製した六角ナノピットをSTM/STS法を使って原子スケールで調べたところ(図2(a)参照)、そのエッジはこれまでになく直線性が高いジグザグ端であることが分かりました。図2(b)の赤丸がジグザグ端直上で、黒丸と白丸が端から十分離れた場所でそれぞれ測定した表面の電子状態密度(微分トンネルコンダクタンスdI/dVに比例する)です。端に局在した電子局在状態、すなわちジグザグ端状態が明瞭なピーク構造として観測されました(赤丸)。さらに、理論的に予測されていたピーク両端の状態密度の落ち込みも初めて観測されたことから、これまでになく良質なジグザグ端が得られたと考えています。

図2

図2:(a) 水素プラズマエッチングで作成された六角ナノピットとそのSTM/S観測のイメージ図。(b) ジグザグ端直上(赤丸)と、端から十分離れたグラファイト表面(黒丸と白丸)で得られた局所電子状態密度。原著論文2より一部変更の上転載。

 このように、水素プラズマを使って良質なジグザグ端を多数作成できるようになったことで、2つの六角ナノピットの間に数〜数十nm幅のzGNRも多数作ることができるようになりました。そして、リボン幅に依存してエッジ状態の状態密度ピークが2つに分裂する明確な実験結果も得られました。これについては貢を改めて書きたいと思います。なお、異方的エッチングが進む詳しいメカニズムはまだ解明されておらず、第一原理計算も実験結果をうまく説明できません。それが分かれば、ジグザグ端の質をさらに高めることに役立つでしょう。

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