トップページ > 研究内容 >
toppage

research

seminar

member

access

photo

link

helpwanted

グラフェン


 「グラフェン」は炭素原子が蜂の巣状(ハニカム状)に互いに強固に共有結合した単原子シートです(図1)。グラフェンが3次元的に積層した結晶がグラファイト(黒鉛)で、鉛筆の芯にも使われる身近な物質です。層間の結合は弱いファン・デル・ワールス力なので、グラファイトは劈開性に富み、鉛筆で線が描けるのはそのためです。

図1 グラフェンの結晶構造。

 グラファイトの物性研究は20世紀初めにさかのぼることができるほど長い歴史をもちますが、グラフェンの方はずっと理論研究のみにとどまってきました。それはグラフェンを実際に作り出すことができなかったからです。この状況は、2004年に英国マンチェスター大学のAndre Geimらが初めてグラファイトからグラフェンを分離することに成功したことで一変しました。その後は、実験、理論とも爆発的に研究が進み、有機化学から素粒子物理学に至る広い分野にわたる基礎研究、次世代エレクトロニクスや新素材への応用研究が世界規模で続いています。

 Geimと共同研究者のKostya Novoselovには2010年にノーベル物理学賞が与えられました。ちなみに彼らが用いたグラフェンの作成方法は、粘着テープでグラファイトを薄く劈開し、シリコン基板上に擦りつけた薄片の中から単原子層のものを光学顕微鏡で根気よく探す、という単純なものでした。

 以下にグラフェンのもつ特異な物性の具体例をあげます。基礎研究と応用研究が表裏一体で直結していることが、グラフェン研究の魅力です。


1. ディラック粒子

 通常の金属や半導体中の電子は有限の質量をもち、その運動はシュレーディンガー方程式に従います。ところが、グラフェン中の荷電粒子(電子と正孔)のエネルギーは運動量に比例するので(線型分散関係)、電子や正孔は“相対論的な効果をもつ質量ゼロのディラック粒子”のように振る舞い、その運動はヴァイル方程式(質量ゼロのディラック方程式)に従います。これは素粒子の一つであるニュートリノと同じ性質です(注1)。この場合、光速にあたる線型分散関係の傾きは光速度の1/300となっています。

図2 グラフェンのバンド構造。

 ニュートリノと違って荷電粒子に磁場を印可すると、磁場の向きに垂直方向の運動は量子化されます。これをランダウ量子化といいます。線型分散関係をもつグラフェンでは、ランダウ準位が量子数と磁場の積の平方根に比例したり、磁場の大きさに依らずつねに最低ランダウ準位がゼロエネルギーにとどまります。そのため、グラフェンは、通常の半導体2次元電子系では見られない特異な量子ホール効果を示します。これらは単原子層のグラフェンだけがもつ特異な性質で、Geimらによるグラフェンの単層分離が成功したことの証拠ともなりました。

 磁場に依存しない最低ランダウ準位の存在は、私たちの実験で初めて明確に示されました[1]。

2. 制御性の高い優れた伝導特性

 一般に2次元物質といっても、数〜数十原子層という厚さをもつことが多く、正確にはこれらは擬2次元物質です。一方、グラフェンは原子1個分の厚みしかもたないという点で真の2次元系です。基板上に保持した試料両端を除けば、真空中に孤立したほぼ究極の2次元系を実現できます。そして、その薄さ故、外から印加した電界が通常の金属のように表面誘起した電荷で遮蔽されることなく加わります(大きな電界効果)。そのためフェルミエネルギーを自在に制御でき、電流を担うキャリアの正負(正孔と電子)と密度を自在に制御できます。

 半導体がエレクトロニクス応用に欠かせない電界効果を示すのはキャリア密度が小さいからですが、その小さいキャリア密度のため電気伝導率が低く、微細化したときのジュール発熱が問題となっています。グラフェンには半導体よりずっと大きなキャリア密度をもたせることができますし、不純物や欠陥が入りにくい高い結晶性をもつので、荷電粒子の動き易さを示す移動度はシリコンよりずっと高い値をもちます。そのため室温で銅より高い熱伝導率と同程度の電気伝導率を示します。デバイス応用が大いに期待されてる所以です。

3. ジグザグ端状態

図3 スピン偏極したグラフェン・ナノリボンのイメージ図。

 グラフェンの端にはジグザグ型とアームチェア型の2種類しかありません。前者には端から数nmの範囲に局在した電子状態「ジグザグ端状態」が存在し、後者にはそれがないというユニークな特徴があります。これは、単位胞内に2原子をもつハニカム格子に特徴的な2副格子構造(図2のK点とK’点に対応)に由来します。ジグザグ端は同種の副格子点からなるので局在電子状態ができるのです。このジグザグ端状態のバンド幅は狭く、わずかな電子相関でスピン偏極します。非磁性の炭素原子だけからなる物質に強磁性体のように大きな磁力をもたせることができれば色々応用がありそうです。実際、図3のように両端にジグザグ端をもつ幅10 nm程度のごく狭いグラフェン・ナノリボンを作ることができれば、ジグザグ端状態がスピン偏極して、偏極方向は反平行になると予想されます。これに外部磁場を印加すると、偏極方向は平行に変わり、フェルミエネルギー付近の電子状態密度が絶縁体的から金属的に大きく変わるはずです。

 ジグザグ端電子状態の存在は、私たちのグループが最初に実験的に発見しました[2]。

4. 薄く、軽く、強く、しなやかで透明

 グラフェンは原子1層分の厚さしかもたないので、どんなシートよりも薄く軽いのですが、面内の共有結合は非常に強いので、同時にとても強靱でしなやかです(面内の引っ張り強度はダイヤモンドより高い)。また、極大の比表面積をもち、分子1個の吸着過程すら電気伝導度の変化として読み取ることができます(理想的なガス検出器)。そして可視光に対して透明です。こうしたさまざまな優れた特性から新素材として大きな期待が寄せられています。


[1] T. Matsui, H. Kambara, Y. Niimi, K. Tagami, M. Tsukada and H. Fukuyama, Phys. Rev. Lett. 94, 226403 (2005).
[2] Y. Niimi, T. Matsui, H. Kambara, K. Tagami, M. Tsukada, and H. Fukuyama, Appl. Surf. Sci. 241, 43 (2005); Phys. Rev. B 73, 085421 (2006).


(注1) ニュートリノはごく小さいが有限の質量をもつことが最近の研究で分かっています。

>> ページトップ


gelb
copyright